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思いつくままに書いていきます

近世

1454

享徳の乱

関東公方関東管領分裂(古河公方堀越公方、山内と扇谷)

 

 

 

1467

応仁の乱

この後戦国時代

 

 

 

1480

このころ、朝倉孝景条々成立

一乗谷に家臣集住

 

 

 

1493

明応の政変

この2件を戦国時代の始祖とする説もある

 

北条早雲により堀越公方滅亡

 

1495

北条氏が小田原に拠点を置く

北条氏綱北条氏康、早雲寺殿廿一箇条

 

 

 

1526

今川仮名目録制定

 

 

 

 

 

 

 

1533

石見銀山にて灰吹法に日本初めての成功

甲斐、駿河、伊豆の金山 但馬の銀山

1536

塵芥集制定

 

 

天文法華の乱

日親

1543

種子島に鉄砲が伝えられる

種子島時堯、ポルトガル

1549

フランシスコ=ザビエル、キリスト教布教開始

鹿児島、豊後府内、山口、イエズス会大内義隆大友宗麟(義鎮)

1547

甲州法度次第制定

 

1550

三好長慶政権が成立

新加制式

1553

今川仮名目録追加

 

1555

毛利元就陶晴賢厳島で討つ

 

1556

結城氏新法度

 

 

ガスパル=ヴィレラ来日 布教開始

堺が東洋のベニスと紹介される

1557

マカオ

ポルトガル

1560

桶狭間の戦い

今川義元

1561

第4期川中島の戦い

武田信玄 上杉謙信

1562

清州同盟

徳川家康

1563

ルイス=フロイス来日

『日本史』

1565

狩野永徳洛中洛外図屏風

関連:「唐獅子図屏風」

1567

信長、岐阜城入城

天下布武」 楽市令

 

松永久秀による東大寺大仏殿炎上

三好長慶 松永久秀

1568

信長、足利義昭を奉じて入京

 

1570

姉川の戦い

浅井・朝倉

 

石山合戦開始

 

1571

比叡山延暦寺焼打ち

 

 

マニラ建設

スペイン

1573

室町幕府滅亡

足利義昭、毛利氏を頼る

1574

伊勢長島一向一揆を滅ぼす

 

1575

長篠の合戦

鉄砲 国友

1576

安土城築城開始

楽市楽座

1579

ヴァリニャーニ来日

セミナリオ(神学校) コレジオ(宣教師養成機関)

1580

石山合戦終結

石山本願寺 顕如 根来の雑賀孫一

1582

武田氏滅亡

 

 

天正遣欧使節派遣

伊東マンショ千々石ミゲル他2名 大村純忠 大友宗麟 有馬晴信

 

本能寺の変

織田信長嫡男信忠死亡

 

山崎の合戦

明智光秀

 

この頃、妙喜庵茶室(待庵)

千利休

 

秀吉、征服地に検地を開始(太閤検地の始まり)

6尺3寸四方=300歩=1段あたりの生産高・石盛×面積=石高 京枡に統一

1583

賎ヶ岳の戦い

柴田勝家

 

大坂城築城開始

 

1584

小牧・長久手の戦い

織田信雄

 

スペイン船、平戸に来航

 

1585

秀吉、関白就任

 

 

四国平定

長宗我部元親

 

初の惣無事令

これに違反したことを理由に北条氏征伐

1586

秀吉、太政大臣に就任

豊臣姓に改姓

1587

九州平定

島津義久

 

バテレン追放令

高山右近播磨国明石城含む領地没収

 

秀吉、宗氏を通じ朝鮮に入貢と明出兵時の先導を要求するも、拒否られる

 

1588

後陽成天皇聚楽第で歓待

1587年、聚楽第完成

 

刀狩令 海賊取締令

 

 

天正大判の制作

 

 

この頃、高三隆達の小唄(隆達節)

 

1590

小田原攻め

北条氏政

 

奥州平定 全国統一

伊達政宗

 

キリシタン版の出版(活版印刷術をヴァリニャーニが伝える)

 

1591

検地帳と国絵図の提出 人掃令

兵農分離の完成

 

西本願寺

西本願寺飛雲閣(伝聚楽第遺構) 西本願寺諸院(鴻の間)

 

キリシタン版(天草版)の印刷始まる

 

1592

文禄の役(~93)

亀甲船 李舜臣 義兵

 

長谷川等伯智積院襖絵」

 

 

慶長年間、後陽成天皇 慶長勅版

木版

1594

この頃、長谷川等伯「松林図屏風」

関連;海北友松

1596

サン=フェリペ号事件

スペイン船

 

26聖人殉教

 

1597

慶長の役(~98)

文禄の役とともに本陣は肥前名護屋におかれた 2戦併せて壬辰・丁酉倭乱

1598

五大老五奉行の設置

五大老は当初6人いたことに注意

1560

リーフデ号漂着

ヤン=ヨーステン ウィリアム=アダムズ(三浦按針)

 

関ヶ原の戦い石田三成vs徳川家康

西軍総大将は毛利輝元

1603

家康、征夷大将軍に就任し、江戸に幕府を開く

後陽成天皇が任命

 

この頃、出雲阿国、「かぶき踊り」を始めたとされる

阿国歌舞伎

1604

糸割符制度

五カ所商人(長崎、京都、堺、大坂、江戸)

 

初めて朱印状発行 朱印船

長崎の末次平蔵、摂津の末吉孫左衛門、京の角倉了以茶屋四郎次郎

1605

林羅山仕官

藤原惺窩

 

家康、秀忠に将軍職を譲る

将軍職を徳川氏世襲し、代々天下を統一していくことを諸大名に示す

1607

家康、駿府

大御所

1609

島津家久琉球を征服 中継ぎ貿易の利益

以降、謝恩使(国王代替わり)と慶賀使(将軍代替わり)派遣

 

己酉約条

4回目からは通信使 釜山に倭舘

 

オランダ、平戸に商館

 

 

この年、姫路城竣工

 

1610

ノビスパンとの通商を求めて田中勝介を派遣

ドン=ロドリゴ

1612

天領に禁教令

 

1613

全国に禁教令

 

 

イギリス人に通商許可

オランダ、イギリス人をまとめて虹毛人と呼ぶ

 

伊達政宗支倉常長を欧州に派遣(慶長遣欧使節)

 

1614

方広寺鐘銘事件

 

 

宣教師・高山右近らを追放

 

 

大坂冬の陣

 

1615

大坂夏の陣

豊臣秀頼自刃 豊臣氏滅亡(元和偃武

 

一国一城令

 

 

武家諸法度(元和令)

金地院崇伝

 

禁中並公家諸法度

武家伝奏

 

この頃、松永貞徳、貞門俳諧

 

1616

徳川家康死去 死ぬ直前に太政大臣

日光東照宮の権現造

 

ヨーロッパ船の入港地を平戸、長崎に限定

 

 

この頃、有田焼始まる

関連:酒井田柿右衛門 赤絵

1617

狩野探幽、幕府御用絵師となる

 

1622

元和の大殉教

 

1623

イギリス、平戸の商館を閉鎖し日本から撤退

 

1624

スペイン船の来航禁止

 

1625

この頃までに桂離宮の第一次造営完成か

 

1626

このころ、踏絵が始まる。また、このころ山田長政が活躍

日本町

1627

紫衣事件

大徳寺の沢庵(流刑は29年執行)

 

吉田光由「塵劫記

 

1629

後水尾天皇明正天皇に譲位

最後の女性天皇後桜町天皇で、明正天皇称徳天皇以来の女性天皇

1633

奉書船以外の日本来航を禁じる

奉書=老中発行の許可書

1634

海外渡航通商制限

 

 

老中などの仕組みが整う

大老 老中 側用人 若年寄 寺社奉行 京都所司代 大目付 勘定奉行

 

この頃、俵屋宗達風神雷神図屏風

関連:本阿弥光悦 楽焼 舟橋蒔絵硯箱

 

この頃までに「彦根屏風」描かれるか

 

1635

日本人の海外渡航及び帰国を全面禁止

 

 

中国船の来航も長崎のみに

 

 

武家諸法度(寛永令)

参勤交代制度の確立

1636

出島にポルトガル人移住

同年、後金が清に改名

 

日光東照宮完成

 

1637

島原の乱

天草四郎時貞 寺沢氏の天草 松倉氏の島原 原城

 

宗門改め

寺請制度

1639

ポルトガル船来航禁止

 

1641

オランダ商館を出島へ

東インド会社

 

翌年にかけて、寛永の飢饉

 

 

花畠教場開校

全国初の藩校 熊沢蕃山

1643

田畑永代売買の禁止令

 

 

オランダ風説書

 

 

この頃、野々村仁清、上絵付法をもとに色絵を完成し京焼の祖となる

 

1648

藤樹書院

中江藤樹 近江聖人 「翁問答」

1649

慶安の触書?