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思いつくままに書いていきます

家綱より

1651

徳川家光死去

 

 

由井正雪の乱(慶安の変

末期養子の禁止を緩和

 

徳川家綱将軍に就任

保科正之が補佐

1654

隠元隆琦が明から来日 黄檗宗を伝える

本末制度に組み込まれた

 

土佐光起、朝廷絵師となる

 

1655

糸割符制度廃止 相対貿易となる

 

 

この頃、修学院離宮

 

 

山鹿素行「聖教要録」

 

1657

明暦の大火

 

 

徳川光圀、『大日本史』の編纂を開始

 

1659

道中奉行設置

五街道の道中一切の事務を管掌する

1661

最初の藩札が越前藩で発行される

藩札=諸藩、旗本領内で発行・通用した紙幣

1662

明が完全に滅亡する

 

 

伊藤仁斎、私塾「古義堂」を開く

 

1663

幕府、殉死を禁止(代替わりの武家諸法度

 

1665

徳川光圀、明から亡命した朱舜水を招く

 

 

大名人質の廃止

 

 

保科正之山崎闇斎を招く

垂加神道 谷時中=南学 野中兼山

 

諸宗寺院法度

 

 

諸社禰宜神主法度

公家の吉田家

1669

シャクシャインの戦い

商場知行制 場所請負制度に移行

1670

閑谷学校開校

郷学

 

林羅山林鵞峰「本朝通鑑」

 

1671

河村瑞賢、東廻り海運整備

 

1672

河村瑞賢、西廻り海運整備

 

 

江戸に彰考館設立

 

1673

分地制限令

田畑勝手作りの禁

 

越後屋呉服店江戸に開かれる

三井高利 呉服店 現金掛け値なし 両替商と兼業

 

北村季吟源氏物語湖月抄」

 

1674

関孝和「発微算法」

 

1680

徳川家綱が死去

治世の前半は保科正之、後半は酒井忠清

1682

勘定吟味役設置

 

 

井原西鶴好色一代男

関連:西山宗因 談林俳諧

1683

武家諸法度天和令

「文武弓馬の道」⇒「文武忠孝を励まし、礼儀を正すべきこと」

1684

服忌令

死や血を忌み嫌う風潮が生まれる

 

大老堀田正俊が暗殺される

側用人柳沢吉保が実権を握る

 

渋川春海(安井算哲)宣命暦を修正し貞享暦を編修

土御門家

1685

天文方の設置

渋川春海 貞享暦

 

住吉具慶、幕府御用絵師となる

住吉派 住吉如慶

 

生類憐みの令

 

 

糸割符制度復活

年間、銀換算でオランダ3000貫 清6000貫

1686

嘉助騒動

全藩一揆

1687

松尾芭蕉笈の小文

正風俳諧(蕉風俳諧

 

熊沢蕃山「大学或問」成立

 

 

井原西鶴「武道伝来記」

 

1688

井原西鶴「日本永代蔵」

 

 

唐人屋敷を設ける

清船の来航を制限

1689

歌学方に北村季吟が任命される

 

 

松尾芭蕉、奥州、北陸を巡る

奥の細道

1690

林信篤(鳳岡)が大学頭に任命される

聖堂学問所から湯島聖堂

 

契沖「万葉代匠記」

 

1692

井原西鶴世間胸算用

関連:菱川師宣見返り美人図」

1694

江戸に十組問屋(とくみといや)成立

同じころ、大坂に二十四組問屋成立

1695

元禄金銀の鋳造(貨幣改鋳)

勘定吟味役荻原重秀

 

西川如見「華夷通商考」

 

1697

宮崎安貞『農業全書』

関連:土井清良「清良記」

1702

新井白石「藩翰譜」

 

 

赤穂事件(1701~1702)

吉良義央浅野長矩

 

六義園完成

御成

1703

近松門左衛門曽根崎心中

竹本義太夫 辰松八郎兵衛

1707

富士山大噴火

 

 

伊藤仁斎が書き、伊藤東涯が校訂・清書した「童子問」刊行

 

1708

シドッチ、屋久島に潜入

 

1709

徳川家宣、将軍になる

朱子学者の新井白石側用人間部詮房 正徳の政治

 

荻生徂徠、私塾「蘐園塾」

 

 

貝原益軒「大和本草

 

1710

閑院宮家創設

 

1711

朝鮮使節の待遇を簡素化

日本大君殿下⇒日本国王

1712

新井白石「読史余論」なる

九変五変説

 

尾形乾山、作品を残す

琳派 尾形光琳 「紅白梅図屏風」「燕子花図屏風」「八橋蒔絵螺鈿硯箱」

1713

「采覧異言」

 

1714

正徳小判

慶長金銀と同質

1715

海舶互市新例(長崎新令・正徳新令)

長崎貿易で多くの金銀が流出したため、貿易を制限しようとした

 

近松門左衛門「国姓爺合戦」

関連:江戸―市川団十郎(荒事) 上方―坂田藤十郎(和事)、芳沢あやめ(女形

 

この頃、「西洋紀聞」完成

 

1716

徳川吉宗将軍就任 享保の改革始まる

御用取次新設

 

この頃、新井白石折たく柴の記

 

1717

大岡忠助を江戸町奉行に取り立てる

 

1719

相対済し令

 

 

毛利吉元、萩に藩校「明倫館」

 

1720

江戸町火消設置

 

 

漢訳洋書輸入の緩和

 

1721

目安箱を評定所前に設置

 

 

田中丘隅、『民間省要』を成立させる

地方書

1722

荻生徂徠『政談』、吉宗の諮問にあずかり始める

室鳩巣『六諭衍義大意』 (儒学の奨励)

 

上げ米を実施

 

 

定免法を導入

 

 

小石川養成所をつくる

 

1723

足高の制

 

1724

懐徳堂

 

1728

荷田春満、将軍吉宗に国学の学校の創設を建言

 

1729

太宰春台「経済録」

 

 

「女大学」最古の版

 

1730

堂島米市場を公認

株仲間結成を公認

1731

徳川宗武、田安家を興す

三卿

1732

享保の飢饉

西日本一帯 長雨 うんか

1733

青木昆陽が幕府に登用される

甘藷の普及

1738

元文一揆

全藩一揆 陸奥磐城平藩

 

銅座の設置

 

1739

石田梅岩「都鄙問答」

心学 手島堵庵 中沢道二

1740

徳川宗尹、一橋家を興す

三卿

1741

オランダ語青木昆陽、野呂元丈に学ばせる

蘭学隆盛の基盤

1742

公事方御定書

 

1745

徳川家重将軍に就任

 

 

富永仲基「出定後語」

 

1748

竹田出雲「仮名手本忠臣蔵

近松半二(天明期)

1753

安藤昌益「自然真営道」

 

1755

細川重賢が藩校・時習館を創建

人材育成の姿勢が他藩の模範となる

1758

宝暦事件

竹内式部 尊王派の処分

 

徳川重好、清水家を興す

三卿

1759

山脇東洋「蔵志」

腑分け

 

山県大弐「柳子新論」成立

 

1760

徳川家治将軍就任

 

1762

後桜町天皇即位

最後の女性天皇

1763

朝鮮人参座の設置

幕府、朝鮮人参の専売権を握る

1765

賀茂真淵「国意考」成立

 

 

柄井川柳「誹風柳多留」

 

1766

いったん廃止されていた銅座の再置

 

1767

明和事件

山県大弐 尊王斥覇 江戸 死刑

 

田沼時代(~1786)

運上 冥加 賄賂政治 株仲間の積極的公認 長崎貿易推奨 専売制

 

この頃、鈴木春信活躍(「五常」)

錦絵

1771

池大雅、蕪村「十便十宜図」

 

1772

南鐐二朱銀の鋳造

 

1773

ジョン=ケイ、飛び杼を発明

 

1774

「解体新書」

前野良沢 杉田玄白 挿絵小田野直武

1775

黄表紙作家、恋川春町金々先生栄花夢」刊行

 

1776

上杉治憲が藩校・興譲館を復興

 

 

平賀源内、エレキテルの実験

 

 

読本作家上田秋成雨月物語

 

1779

桃園天皇が急死し、閑院宮家より光格天皇が即位

 

1781

『赤蝦夷風説考』成立 後に田沼意次に献上

工藤平助 只野真葛

1782

(~1773)天明飢饉

 

1783

浅間山の噴火

 

1784

田沼意知暗殺

佐野政言 世直し台明神

 

司馬江漢「不忍池図」

銅版画

1785

最上徳内らの蝦夷地探検

国後 択捉 得撫

1786

徳川家治死去 田沼意次失脚

印旛沼手賀沼の干拓失敗 ロシアとの交易計画立ち消え

 

『三国通覧図説』刊行

林子平 地理書 朝鮮・琉球蝦夷

 

徳川家斉将軍に

 

 

大槻玄沢、芝蘭堂

 

1787

天明の打ちこわし

 

 

この後、寛政の改革

全国的な囲米=義倉、社倉を各地につくらせる

1788

大槻玄沢蘭学階梯」

 

 

中井竹山(懐徳堂学頭)、松平定信に意見書「草茅危言」を献じる

 

1789

クナシリ・メナシの戦い

この年、フランス革命

 

黄表紙作家の恋川春町が弾圧を受ける

 

 

(~1793)実父である閑院宮典仁親王光格天皇上皇の称号を送ろうとする

1793年までのこの問題を尊号事件(尊号一件)という

 

佐竹義和(よしまさ)が藩校・明徳館を創建

 

 

棄捐令

6年以前の借金帳消し 以後のものは低利返済

1790

人足寄場の設置

石川島

 

七分積金

2年後に江戸町会所を設置しそこで積立金の保管

 

寛政異学の禁

儒学者柴野栗山らの提案 湯島聖堂以外での朱子学以外の教授禁止

1791

『海国兵談』刊行

林子平は翌年禁固刑に 著書は発禁処分

 

「仕懸文庫」について洒落本作家の山東京伝、出版元の蔦屋重三郎が弾圧される

耕書堂

1792

ラクスマン根室に来航

エカチェリーナ2世 大黒屋光太夫

1793

(1789~)尊号一件

公家を処分 松平定信失脚

 

高山彦九郎自殺(寛政の三奇人)

関連;蒲生君平 頼山陽

 

宇田川玄随「西説内科撰要」

 

 

塙保己一、和学講談所

 

1794

桂川甫周が『北槎聞略』を記す

大黒屋光太夫の漂流記

 

この頃より、亜欧堂田善の活動

 

 

(~1795)東洲斎写楽の活躍

大首絵 関連;喜多川歌麿「当時全盛美人揃」

1796

稲村三伯「ハルマ和解」

 

1797

昌平坂学問所

寛政の三博士(柴野栗山 尾藤二洲 岡田寒泉⇒古賀精里)

 

高橋至時「寛政暦」(~1844)

 

1798

近藤重蔵・最上徳内らによる択捉島の探検

「大日本恵登呂府」の標柱

 

本居宣長古事記伝」完成

 

 

本多利明「経世秘策」

 

1799

幕府、東蝦夷地直轄化

 

1800

八王子千人同心の入植

 

 

伊能忠敬が測量開始(~1816)

大日本沿海輿地全図

1801

志筑忠雄『鎖国論』

ドイツ人医師ケンペルの『日本誌』の和訳

1802

志筑忠雄「暦象新書」

 

 

(~1822)十返舎一九東海道中膝栗毛

 

1804

レザノフ、長崎に来航

択捉・樺太が砲撃にあう

1805

関東取締出役

関東の治安維持強化の為

1807

西蝦夷地の直轄化 松前奉行設置

 

1808

間宮林蔵樺太探検

樺太が島であることを発見

 

フェートン号事件

松平康英引責自害 長崎警備担当佐賀藩にも処分

1811

ゴローウニン事件

 

 

蛮書和解御用設置

 

 

朝鮮通信使を江戸ではなく対馬で、とする

 

1812

淡路の商人高田屋嘉兵衛、ゴロウーニンと同じく国後島で捕えられる

 

1813

拘留されていた高田屋嘉兵衛の尽力でゴロウーニン釈放

 

 

海保青陵「稽古談」

 

 

(1809~1813)式亭三馬浮世風呂

 

1814

(~1844)曲亭馬琴南総里見八犬伝

 

1815

杉田玄白蘭学事始

 

1817

広瀬淡窓、咸宜園

 

1819

塙保己一群書類従」(正編)完成

続編は保己一死後の1822年完成

1820

山片蟠桃「夢の代」

 

1821

蝦夷地を松前藩に還付

 

 

伊能忠敬(1745~1818)「大日本沿海輿地全図

 

1822

大蔵永常「農具便利論」

 

1824

シーボルト鳴滝塾

 

1825

異国船打払令

 

 

会沢安『新論』発表

藤田幽谷 藤田東湖 尊王(攘夷)論

 

鶴屋南北東海道四谷怪談」

 

1827

寄場組合

農村秩序の維持

 

佐藤信淵「経済要録」

 

 

薩摩藩調所広郷による改革

黒砂糖の専売など

1828

シーボルト事件

高橋景保処罰

1829

(~1842)柳亭種彦偐紫田舎源氏

 

1831

この頃、報徳仕法広まる

二宮尊徳

 

この頃、葛飾北斎富嶽三十六景」

 

1832

(~1836)天保の飢饉

特に1832~1833が全国規模で凶作

 

人情本作家為永春水春色梅児誉美

 

 

シーボルト、ヨーロッパで「日本」を随時刊行

 

1833

歌川広重東海道五十三次

 

1835

鈴木牧之「北越雪譜」(初版)

 

1836

甲斐にて郡内騒動(郡内一揆

ともに天領で発生

 

三河にて加茂一揆

 

1837

アメリカ商船モリソン号が浦賀に来訪

 

 

大塩の乱

大塩平八郎 陽明学 大坂町奉行元与力 洗心堂 『出潮引汐奸賊聞集記』

 

渡部崋山「鷹見泉石像」

 

 

生田万の乱

国学者 越後柏崎

 

徳川家慶将軍になる

 

1838

『戊戌夢物語』『慎機論』

高野長英 渡部崋山 尚歯会

 

村田清風による長州藩改革

越荷方設置 紙・蝋の専売

 

大原幽学が先祖株組合(日本初の農業組合)をつくる

性学

 

緒方洪庵、適々斎塾(適塾

 

 

中山みき天理教

 

1839

蛮社の獄

 

1840

三方領知替え

川越藩 庄内藩 長岡藩

1841

徳川斉昭、藩校弘道館創設

 

 

水野忠邦による天保の改革

倹約令 風俗取締令 棄捐令

 

株仲間解散令

 

1842

アヘン戦争の結果として、南京条約を清がイギリスと締結

日本への影響として、天保の薪水給与令

1843

人返しの法

 

 

弾圧を受け人情本作家の為永春水が死去

 

 

上知令

これが原因で水野忠邦失脚

1844

オランダ国王ウィレム2世が日本に開国勧告

 

 

大蔵永常「広益国産考」

 

1846

アメリカのビッドルが通商を要求

 

1850

鍋島直正反射炉を備えた大砲製造所をつくる

 

1852

鍋島直正、均田制を実施

 

 

島津斉彬、鹿児島に反射炉を築造

反射炉やガラス工場などの工場群を集成館という

1853

ペリー、サスケハナ号(黒船・蒸気軍艦)に乗って浦賀に来航

フィルモア大統領からの国書

 

ロシアのプチャーチン、長崎に来航

 

 

江川太郎左衛門、伊豆韮山反射炉建造

 

 

老中首座阿部正弘、諸大名や幕臣に意見を求め、朝廷にも報告

朝廷の権威を高め、諸大名の発言力を高めた⇒安政の改革

1854

日米和親条約

アメリカに最恵国待遇 下田・箱館開港

 

日英和親条約

片務的最恵国待遇を認める

 

日露和親条約

下田にて 択捉以南を日本領 樺太は両国人雑居 長崎も開港 川路聖謨

1855

日蘭和親条約

長崎でのオランダ人の交易を自由化

1856

初代アメリカ駐日総領事としてハリスが下田に着任

オランダ人通訳ヒュースケン(1860年暗殺)

 

(~1858)アロー戦争

この頃『通航一覧続輯』(オランダ国王の開国勧告を収めている)完成する

1857

老中首座堀田正睦がハリスと交渉にあたる

 

1858

アロー戦争終結

天津条約結ばれる

 

日米修好通商条約

孝明天皇の勅許は得られないまま 大老井伊直弼 井上清直 岩瀬忠震

 

 

自由貿易 居留地・外国人の国内旅行禁止 治外法権 別冊貿易章程に関

 

 

税自主権の欠如(2国間での協議関税) 安政の五カ国条約(米蘭露英仏)

 

安政の大獄始まる

徳川家茂徳川慶福) 一橋慶喜 徳川斉昭 島津斉彬 松平慶永(春嶽)

 

 

橋本佐内 伊達宗城 山内容堂 一橋派vs南紀派 尊王攘夷 吉田松陰 

1859

長崎・箱館・横浜(神奈川)で銀貨を用いた貿易始まる

下田は閉鎖 輸出超過 銀貨の交換比率が原因で金貨流出 英と最多取引

1860

新見正興ら渡米

福沢諭吉 勝海舟 咸臨丸

 

桜田門外の変

井伊直弼暗殺

 

五品江戸廻送令

 

 

万延貨幣改鋳

 

1861

和宮、江戸降嫁

有栖川宮熾仁親王

1862

坂下門外の変

安藤信正失脚 水戸藩藩士が襲撃

 

蕃書調所を洋書調所と改称

 

 

文久の改革

島津久光の要請 徳川慶喜将軍後見職 松平慶永(春嶽)-政事総裁職

 

生麦事件

島津久光 イギリス人殺傷

 

松平容保京都守護職に 参勤交代を緩和

新撰組 近藤勇 土方歳三

1863

長州藩外国船砲撃事件

下関 5月10日 幕府命令

 

薩英戦争

生麦事件の報復 鹿児島湾

 

八月十八日の政変

七卿落ち 三条実美など

 

洋書調所を開成所と改称

 

1864

池田屋事件

 

 

禁門の変蛤御門の変

 

 

第一次長州征討(7月~12月)

 

8

四国艦隊下関砲撃事件

イギリスを中心にアメリカ、フランス、オランダ

 

福沢諭吉「西洋事情」刊

 

1865

長州再征討勅許

高杉晋作 奇兵隊 藩論転換(幕府恭順⇒討幕) 大村益次郎 桂小五郎

 

条約勅許(兵庫開港は不許可)

 

1866

薩長同盟薩長連合)

坂本龍馬 中岡慎太郎 

 

改税約書調印

 

 

第二次長州征討

 

 

家茂急死

長州征討中止

 

徳川慶喜征夷大将軍・内大臣に就任 孝明天皇急死

 

 

福沢諭吉「西洋事情」刊

 

1867

兵庫開港勅許

 

 

「ええじゃないか」おこる

 

 

後藤象二郎、山内豊信(容堂)を通して大政奉還の建白書を幕府に提出

 

 

徳川慶喜大政奉還の上表を朝廷に提出

同日(10月14日)、討幕の密勅

 

王政復古の大号令(12月9日)

将軍・摂政・関白廃止 総裁・議定・参与を新設

 

12月9日夜、小御所会議

徳川慶喜に辞官納地

1868

鳥羽・伏見の戦い

戊辰戦争開始(68.1~69.5) 徳川慶喜征討

 

相良総三処刑

赤報隊

 

五カ条の誓文

開国和親 公議世論の尊重 由利公正・福岡孝弟起草 木戸孝允修正

 

五榜の掲示

旧幕府の方針継続(キリスト教禁止⇒浦上教徒弾圧事件(閏四月))

 

神仏分離令

廃仏毀釈おこる 島地黙雷

 

江戸城無血開城

勝海舟 西郷隆盛

 

慶応義塾

福沢諭吉

 

政体書

太政官 三権分立 議政官(立法機関)

 

奥羽列藩同盟成立

同年9月、会津若松城落城

 

太政官札発行

不換紙幣

 

11月3日を天長節と定める

 

 

明治改元 一世一元の制

 

1869

薩長土肥四藩版籍奉還を上表

 

 

榎本武揚降伏

 

 

新政府、全ての藩に版籍奉還を命ずる

 

 

開拓使設置

本庁東京

 

本木昌造、鉛製活字の量産技術導入に成功

 

1870

大教宣布の詔

 

 

岩崎弥太郎、九十九商会(後の三菱:郵便汽船三菱会社)設立

 

 

工部省設置

 

 

「横浜毎日新聞」創刊

 

1871

郵便制

前島密

 

御新兵の編成

 

 

仮名垣魯文安愚楽鍋

戯作文学

 

新貨条例

 

 

廃藩置県(府知事・県令の設置)

太政官制改正 正院・左院・右院の設置(三院制)

 

日清修好条規

対等条約 2年後に批准

 

鎮台を設置

熊本 仙台 東京 大阪

 

熊本洋学校開校

ジェーンズ

 

(府知事・県令の設置)

 

 

琉球漂流民殺害事件

 

 

中村正直訳「西国立志編」刊

スマイルズ

 

中村正直訳「自由之理」

J.S.ミル

 

岩倉使節団派遣

岩倉具視(大使)・大久保利通伊藤博文・山口尚芳・木戸孝允津田梅子

1872

壬申戸籍

 

 

田畑永代売買の解禁

 

 

福沢諭吉「学問のすゝめ」刊

 

 

地券発行

 

 

学制公布

「被仰出書」 全国8大学区 各区に大学校1、中学校32、小学校210

 

新橋~横浜間に鉄道

 

 

琉球藩設置

尚泰藩王とする

 

富岡製糸場操業開始

フランス式 ブリューナ 器械製糸(座繰製糸がこの頃から衰退)

 

国立銀行条例

渋沢栄一

 

徴兵告諭

血税一揆

 

太陽暦採用(12月3日⇒1月1日)

 

1873

天長節紀元節を定める(それぞれ11月3日、2月11日)

 

 

徴兵令

大村益次郎 山県有朋

 

キリスト教禁止の高札撤廃

 

 

第一国立銀行設立

第百五十三国立銀行までつくられる

 

地租改正条例

収穫高⇒地価 物納⇒金納 地券所有者が納税者

 

明六社設立

森有礼福沢諭吉加藤弘之西周西村茂樹中村正直etc

 

明治六年の政変

征韓論 西郷隆盛 板垣退助 江藤新平 副島種臣

 

内務省設置

 

 

秩禄奉還の法

 

1874

愛国公党設立

板垣退助 後藤象二郎

 

警視庁設置

 

 

民撰議院設立の建白書

左院 有司専制を批判 「日新真事誌」 ブラック

 

佐賀の乱

江藤新平

 

立志社

片岡健吉 板垣退助

 

台湾出兵(征台の役)

 

 

屯田兵制度

士族授産

1875

大阪会議

大久保利通 板垣退助 木戸孝允

 

愛国社

 

 

漸次立憲政体樹立の詔

 

 

元老院(立法諮問機関) 大審院最高裁判所) 地方官会議(府知事・県令)設置

 

 

樺太・千島交換条約

 

 

讒謗律・新聞紙条例

 

 

福沢諭吉文明論之概略

 

 

江華島事件

 

 

同志社

新島襄

1876

日朝修好条規(江華条約)

釜山・仁川・元山の開港

 

廃刀令

 

 

ベルツ来日

ベルツの日記 東京医学校⇒帝大

 

金禄公債証書

秩禄処分

 

札幌農学校

クラーク

 

小笠原諸島統治再開

 

 

敬神党(神風連)の乱

熊本鎮台襲撃

 

秋月の乱

 

 

萩の乱

前原一誠

 

工部美術学校

工部省 フォンタネージ

1877

地租税率引き下げ(3%⇒2.5%)

 

 

西南戦争

西郷隆盛 田原坂の戦い

 

東京大学設置

 

 

立志社建白

片岡健吉

 

第一回内国勧業博覧会

大久保利通の主導 臥雲辰致のガラ紡に最高賞

 

西南戦争終結(西郷隆盛敗死)

 

 

田口卯吉「日本開化小史」

 

 

モース、大森貝塚発掘に着手

関連;ヘボン ナウマン

 

この頃、高橋由一「鮭」

 

1878

大久保利通内務卿暗殺(紀尾井坂の変)

 

 

地方三新法

郡区町村編制法 府県会規則 地方税規則

 

寺島宗則、関税自主権回復の交渉

アメリカとはほぼ成功するも、英独の反対で無効に

1879

沖縄県設置(琉球処分

関連;奈良原繁 謝花昇

 

教育令

アメリカ式

1880

横浜正金銀行

 

 

国会期成同盟

79年末の愛国社第三回大会に基づき

 

集会条例

 

 

工場払下げ概則

大蔵卿大隈重信 インフレ

 

唱歌教育始まる

伊沢修二

1881

交詢社「私擬憲法案」

福沢系

 

開拓使官有物払下げ事件

黒田清隆 関西貿易社 五代友厚

 

植木枝盛東洋大日本国国権按」

 

 

明治十四年の政変

大隈重信罷免

 

国会開設の勅諭

欽定憲法

 

松方財政

デフレ政策 全国的不況 自作農が小作農に転落 寄生地主 小作料は現物納

 

自由党結成

党首板垣退助

 

日本鉄道会社

華族主体

 

「五日市憲法草案」

千葉卓三郎

1882

開拓使廃止

札幌・函館・根室の三県を置く

 

中江兆民民約訳解

ルソー「社会契約論」

 

伊藤博文らを欧州に派遣

ベルリン大学のグナイスト ウィーン大学のシュタイン ドイツ流憲法

 

立憲改進党結成

首大隈重信

 

立憲帝政党結成

福地源一郎 1883年解党

 

大阪紡績会社(翌年開業)

渋沢栄一 イギリス製の最新式紡績機械

 

日本銀行設立

 

 

壬午軍乱

閔妃 大院君

 

東京専門学校

大隈重信

 

加藤弘之「人権新説」

社会進化論 植木枝盛「天賦人権弁」 馬場辰猪「天賦人権論」

 

板垣退助後藤象二郎洋行

三井からの資金 三菱と大隈の癒着

 

福島事件

三島通庸 河野広中

1883

鹿鳴館

井上馨 欧化主義 鹿鳴館外交

 

田中舘愛橘、地磁気の測定

 

 

矢野龍溪経国美談

政治小説

1884

華族

 

 

加波山事件

 

 

秩父事件

困民党

 

甲申事変

金玉均 独立党

 

この頃から官営事業払下げ始まる

政商(後に財閥となる基盤ができた)

1885

尾崎紅葉ら、硯友社を結成

「我楽多文庫」

 

「脱亜論」

福沢諭吉 「時事新報」

 

天津条約

伊藤博文 李鴻章

 

政府紙幣の銀兌換始まる(銀本位制)

 

 

日本郵船会社

三井と三菱の合併

 

坪内逍遥小説神髄」で言文一致体を提唱

 

 

大阪事件

大井憲太郎 

 

内閣制度

国務大臣 内大臣 宮内省

1886

三県を廃止し北海道庁を設ける

 

 

学校令

森有礼 教科書検定制(義務教育)

 

ノルマントン号事件

イギリス

 

この年末頃から憲法草案作成

伊藤博文 伊東巳代治 井上毅 金子堅太郎 ロエスレル

1887

大同団結運動

後藤象二郎 星亨

 

民友社「国民之友」

徳富蘇峰 平民的欧化主義

 

ビゴー「トバエ」

 

 

井上馨、外相辞任

内地雑居を認め、領事裁判権を原則撤廃

 

東京美術学校設立

西洋美術を除外 岡倉天心 フェノロサ 狩野芳崖 橋本雅邦(「龍虎図」)

 

東京音楽学校

伊沢修二 滝廉太郎

 

三大事件建白運動

地租軽減 言論・集会の自由 外交失策の回復

 

保安条例

 

 

三菱長崎造船所

 

 

牧野富太郎、植物の分類法

 

 

二葉亭四迷浮雲

 

1888

市制・町村制

山県有朋 モッセ

 

枢密院設置

初代議長伊藤博文 天皇の諮問機関 憲法作成

 

政教社「日本人」

三宅雪嶺 志賀重昂 近代的民族主義

 

「日本人」が高島炭鉱の惨状を報じる

 

 

狩野芳崖「悲母観音」

 

1889

2月11日、大日本帝国憲法発布

天皇大権 統帥権の独立 貴族院 衆議院 臣民の権利

 

皇室典範

 

 

黒田清隆首相、超然主義を表明

 

 

陸羯南「日本」

近代的民族主義

 

「ロンドン=タイムズ」が大隈重信外相の条約改正案を掲載し論評

大審院への外国人判事の任用を認める

 

民法典論争

穂積八束民法出デゝ、忠孝滅ブ」 関連;戸主権 家制度

 

浅井忠ら、明治美術会

収穫

 

東海道線全通(東京・神戸間)

この年には、民営鉄道の数が官営を上回っていた

 

防穀令

 

 

大隈重信遭難

玄洋社 来島恒喜 頭山満

1890

第一回衆議院議員総選挙

満二十五歳以上 直接国税15円以上 被選挙人は三十歳以上で税条件は同じ

 

教育勅語

 

 

尋常小学校の義務教育法体系化(だいたい4年)

義務教育期間授業料廃止

 

民法公布

ボアソナード

 

第一回帝国議会

吏党 民党171(立憲自由党130、立憲改進党41) 政費節減 民力休養 利益線  自由党員買収

 

森鴎外舞姫

 

 

この年、綿糸の生産量が輸入量を上回る

 

1891

内村鑑三不敬事件

 

 

大津事件

青木周蔵引責辞任 津田三蔵 ロシア皇太子ニコライ 児島惟謙

 

幸田露伴五重塔

 

 

足尾鉱毒事件

田中正造 渡良瀬川 古川市兵衛

 

川上音二郎壮士芝居をおこす

新派劇

1892

久米邦武、辞職

 

 

第二回臨時総選挙

内大臣品川弥二郎の選挙干渉

 

「万朝報」創刊

 

 

黒田清輝「読書」

 

 

この年、義務教育の就学率が90%を超える

 

 

この年、蹴上水力発電所が開業し、電力事業勃興

琵琶湖疏水 水力発電

1893

北村透谷ら「文学界」

 

 

第五議会

改進党などが国民協会と連合(対外硬派)

 

高村光雲「老猿」

 

1894

甲午農民戦争(東学の乱)

 

 

日英通商航海条約

陸奥宗光 領事裁判権撤廃 相互対等最恵国待遇

 

日清戦争

遼東半島

 

北里柴三郎ペスト菌を発見

 

1895

高山樗牛「太陽」

日本主義

 

樋口一葉たけくらべ

 

 

下関条約

伊藤博文 陸奥宗光 李鴻章 清、朝鮮の独立を認める 遼東半島 澎湖諸島 開港

 

三国干渉

ロシア フランス ドイツ 遼東半島返還 「臥薪嘗胆」

 

台湾支配

初代台湾総督樺山資紀 1898以降、後藤新平

 

閔妃殺害事件

三浦梧桜 大院君の親日政権 高宗の新露政権

 

この頃、「団菊左時代」

 

1896

日本銀行本店竣工

辰野金吾

 

進歩党結成

 

 

航海奨励法・造船奨励法公布

 

 

白馬会

黒田清輝

1897

ホトトギス

正岡子規

 

貨幣法

金本位制 2億両(約3億円)の賠償金を元手に

 

京都帝国大学

1907東北 1910九州

 

労働組合期成会

高野房太郎 片山潜

 

朝鮮、大韓帝国(韓国)と国号を改める

 

 

豊田佐吉、小型の国産力織機を発明

 

 

志賀潔赤痢菌を発見

 

 

黒田清輝「湖畔」

 

 

横山大観「無我」

 

 

この年、綿糸の輸出量が輸入量を上回る

よって、綿糸ではなく原料たる綿花を多く輸入するようになる(1899、教科書p302)

 

尾崎紅葉金色夜叉

 

1898

ドイツ、膠州湾を租借

 

 

ロシア、遼東半島の旅順・大連を租借

 

 

憲政党結成 隈板内閣成立

はじめての政党内閣

 

イギリス、九龍半島・威海衛を租借

 

 

尾崎行雄、共和演説事件

憲政党分裂

 

日本美術院

岡倉天心

 

徳富蘆花「不如帰」

 

 

この頃、大森房吉、地震計を発明

 

1899

中央公論」創刊

 

 

文官任用令改正

第2次山県内閣

 

北海道旧土人保護法

関連;アイヌ文化振興法(平成9年)

 

横山源之助「日本之下層社会」

 

 

日英通商航海条約など改正条約を発効

青木周蔵

 

ジョン=ヘイ、門戸開放・機会均等を列国に提案

 

 

フランス、広州湾を租借

 

1900

義和団事件

 

 

治安警察法

 

 

与謝野鉄幹「明星」

ロマン主義

 

軍部大臣現役武官制

 

 

北清事変

 

 

立憲政友会結成

 

 

津田梅子、女子英学塾をつくる

 

 

高峰譲吉、アドレナリンを抽出

 

 

この頃、長岡半太郎の原子構造の研究

 

1901

官営八幡製鉄所操業開始

ドイツの技術 大冶鉄山 筑豊炭田

 

ニコライ堂竣工

コンドル

 

国木田独歩「武蔵野」

 

 

社会民主党

治安警察法

 

第1次桂太郎内閣

桂園時代 元老

 

与謝野晶子「みだれ髪」

 

 

北京議定書

 

 

田中正造明治天皇足尾銅山鉱毒事件を直訴

幸徳秋水

1902

日英同盟協約(日露同盟)

 

 

木村栄、緯度変化のZ項の発見

 

1903

農商務省編「職工事情」

関連;工女(女工) 山本茂実あゝ野麦峠

 

国定教科書

 

 

七博士意見書

戸水寛人

 

平民社結成『平民新聞』創刊

幸徳秋水 堺利彦

1904

日露戦争

 

 

英仏協商

 

 

与謝野晶子「君死にたまふこと勿れ」

『明星』

 

青木繁「海の幸」

 

1905

夏目漱石吾輩は猫である

 

 

日本海海戦

バルチック艦隊

 

桂=タフト協定

 

 

ポーツマス条約

セオドア=ローズヴェルト 小村寿太郎 ウィッテ 北緯50度以南のサハリン(樺太) 韓国

 

日比谷焼打ち事件

戒厳令

 

上田敏海潮音

 

 

第2次日韓協約

外交権奪う

1906

日本社会党

 

 

統監府

伊藤博文

 

西園寺公望内閣

鉄道国有法(この頃には、青森~下関が連絡されていた)

 

島崎藤村「破戒」

 

 

夏目漱石坊っちゃん」「草枕

 

 

池貝鉄工所

工作機械(機械をつくる機械)

 

関東都督府

 

 

南満州鉄道株式会社(満鉄)

 

1907

日本社会党解党

 

 

小学校令改正

義務教育が6年間に延長

 

帝国国防方針決議

八・八艦隊

 

ハーグ密使事件

 

 

第3次日韓協約

義兵運動本格化(韓国軍が8月に解散させられたため)

 

日露協約

第1次(07)~第4次(16)

 

英露協商

先の露仏同盟、英仏協商と併せて三国協商 三国同盟(1882年)と対立

 

田山花袋「蒲団」

 

 

文部省美術展覧会(文展

 

 

日本製鋼所

民間の製鋼会社 室蘭

 

荻原守衛「坑夫」

ロダン

 

この年、小学校の就学率が97%を超える

 

1908

戊申詔書

第2次桂内閣 勤倹節約 皇室尊重

 

東洋拓殖株式会社設立

 

1909

小山内薫自由劇場を創立

 

 

地方改良運動

 

 

伊藤博文、暗殺

ハルビン 安重根

 

三井合名会社

持株会社

 

この年、迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)竣工

山東

 

この年、日本は清を抜いて世界最大の生糸輸出国となる

アメリカ向け(日露戦争以後)

1910

武者小路実篤ら「白樺」創刊

人道主義・理想主義

 

大逆事件

幸徳秋水 警視庁特別高等課(特高

 

韓国併合条約締結

韓国併合

 

朝鮮総督府設置

土地調査事業 寺内正毅

 

石川啄木「一握の砂」

 

 

鈴木梅太郎オリザニン(ビタミンB1)を報告

 

1911

西田幾多郎善の研究

 

 

関税自主権回復

小村寿太郎

 

工場法公布

 

 

第二次西園寺公望内閣組閣

立憲政友会

 

青鞜

平塚らいてう(平塚明)

 

辛亥革命

孫文

1912

中華民国成立

袁世凱

 

清朝滅亡

宣統帝退位

 

美濃部達吉憲法講話」

天皇機関説

 

大正天皇即位

内大臣兼侍従長桂太郎

 

友愛会

鈴木文治

 

上原勇作陸相天皇に単独で辞表を提出

2個師団増設案が閣議で否決されたため 西園寺内閣総辞職

 

第一次護憲運動

「閥族打破・憲政擁護」 尾崎行雄 犬養毅

1913

大正政変

桂内閣総辞職

 

中里介山大菩薩峠

 

 

この頃、柳田国男民俗学

常民

1914

ジーメンス事件

山本権兵衛内閣総辞職

 

東京駅

辰野金吾 東京中央停車場

 

宝塚少女歌劇団

 

 

第二次大隈重信内閣発足

立憲同志会

 

第一次世界大戦(~1918)

サライェヴォ事件 バルカン半島 「ヨーロッパの火薬庫」 日本、輸出超過を迎える

 

日本美術院再興

院展 横山大観

 

二科会

 

 

ドイツ領南洋諸島を占領

大戦に参戦 加藤高明外相

 

青島と山東省の権益を接収

 

1915

袁世凱政府に二十一カ条の要求

5月9日これを承認(国恥記念日)

 

芥川龍之介羅生門

新思潮派

1916

吉野作造民本主義を提唱

中央公論」(教科書p324)

 

永井荷風「腕くらべ」

耽美的 関連;谷崎潤一郎

 

工場法施行

 

 

憲政会結成

大隈内閣総辞職後 総裁加藤高明

1917

西原借款始まる

段祺瑞政権 寺内正毅

 

理化学研究所

 

 

河上肇「貧乏物語」

 

 

本多光太郎、KS磁石鋼

 

 

金輸出禁止

1897年金本位制確立 金本位制停止

 

志賀直哉「和解」

 

 

ソヴィエト樹立宣言

レーニン ロシア革命 ボリシェヴィキ

 

石井・ランシング協定

石井菊次郎 ランシング 九カ国条約締結で廃棄

1918

ウィルソンの14カ条

 

 

箕面有馬電気鉄道、阪神急行電気鉄道と改称

小林一三

 

満鉄、鞍山製鉄所を設置

 

 

鈴木三重吉「赤い鳥」

 

 

米騒動

富山魚津 シベリア出兵を当て込んだ米の買い占めによる 寺内内閣総辞職(9月)

 

シベリア出兵(~1922)

 

 

原敬組閣(立憲政友会

「平民宰相」 選挙権資格3円に引き下げ 小選挙区制導入 鉄道拡充 高等学校増設

 

大学令

高等学校令

 

黎明会

吉野作造

 

東大新人会

 

1919

パリ講和会議

西園寺公望 牧野伸顕

 

菊池寛恩讐の彼方に

 

 

三・一独立運動

 

 

「改造」創刊

 

 

五・四運動

 

 

ヴェルサイユ条約

山東省の旧ドイツ権益の継承(ワシントン会議で返還) 南洋諸島委任統治

 

北一輝日本改造法案大綱」執筆

 

 

猶存社

大川周明

 

友愛会、大日本労働総同盟友愛会と改称

 

 

中国国民党結党

孫文

 

帝展開催

文展から帝展に

 

和辻哲郎「古寺巡礼」

 

1920

国際連盟発足

 

 

東京帝国大学助教授の森戸辰男、休職処分

クロポトキンの研究

 

戦後恐慌始まる

 

 

新婦人協会

市川房枝

 

第一回メーデー

 

 

日本社会主義同盟

翌年禁止

1921

志賀直哉「暗夜行路」

 

 

「種蒔く人」

プロレタリア文学

 

この頃、岸田劉生「麗子微笑」

関連;春陽会 梅原龍三郎

 

赤蘭会

山川菊栄 伊藤野枝 社会主義の立場からの女性運動

 

日本労働総同盟友愛会日本労働総同盟と改称

 

 

ワシントン会議

加藤友三郎 幣原喜重郎 協調外交 ワシントン体制

 

四カ国条約

米・英・日・仏 日英同盟廃棄 太平洋の平和に関する条約

1922

九カ国条約

米・英・日・仏・伊・蘭・ポルトガル・ベルギー・中国 石井・ランシング協定廃棄

 

海軍軍縮条約

米・英・日・仏・伊 主力艦保有量の制限

 

全国水平社

西光万吉

 

日本農民組合

賀川豊彦 杉山元治郎

 

日本共産党結成

堺利彦 山川均

1923

関東大震災

亀戸事件 甘粕事件(甘粕雅彦) 大杉栄 伊藤野枝

 

虎の門事件

第二次山本権兵衛内閣総辞職

 

横山大観「生々流転」

 

1924

清浦圭吾内閣

 

 

第二次護憲運動

憲政会・立憲政友会革新倶楽部

 

加藤高明内閣発足

護憲三派 幣原外交 「憲政の常道

 

築地小劇場

新劇運動 小山内薫

 

津田左右吉「神代史の研究」

 

 

この頃、石橋湛山小日本主義

東洋経済新報」

1925

日ソ基本条約

 

 

普通選挙

満二十五歳以上の男性 四倍に拡大

 

治安維持法

「国体」の変革や私有財産制度の否認を目的とする結社の禁止

 

ラジオ放送開始

 

 

五・三〇事件

在華紡でのストライキ

 

加藤内閣、憲政会を単独与党とする内閣となる

 

1926

若槻礼次郎内閣(憲政会)

 

 

労働農民党

無産政党

 

蔣介石、北伐開始

 

 

円本販売

 

 

摂政裕仁親王即位(昭和天皇) 昭和改元

 

1927

金融恐慌

片岡直温 震災手形の処理中 鈴木商店 台湾銀行

 

川端康成伊豆の踊子

新感覚派

 

田中義一内閣

立憲政友会

 

支払猶予令(モラトリアム)発令

 

 

第一次山東出兵

 

 

立憲民政党

浜口雄幸

 

東方会議

張作霖の支援

 

蔣介石、南京に国民政府を樹立

 

1928

普通選挙制による最初の総選挙

無産政党勢力から8名当選

 

三・一五事件

共産党員の一斉検挙

 

野口英世、黄熱病の研究

 

 

第二次山東出兵

 

 

済南事件

 

 

第三次山東出兵

 

 

張作霖爆殺事件

関東軍の独断 河本大作大佐停職のみ 奉天 満州某重大事件 田中内閣総辞職

 

治安維持法改正

最高刑を死刑とする

 

道府県特高を設置

 

 

パリ不戦条約調印

(教科書p341注2熟読の事)

 

張学良、国民政府に合流

易幟事件

1929

四・一六事件

共産党員の逮捕

 

小林多喜二蟹工船

 

 

徳永直「太陽のない街」

 

 

浜口雄幸内閣

立憲民政党 井上準之助蔵相 金解禁の準備 幣原喜重郎外相 協調外交

 

世界恐慌

イギリス ブロック経済

1930

金解禁

昭和恐慌

 

ロンドン海軍軍縮条約

統帥権干犯問題 補助艦(対米英7割)

 

この年、「豊作貧乏

 

1931

三月事件

陸軍青年将校クーデター未遂 桜会 橋本欣五郎 大川周明

 

横光利一「機械」

新感覚派

 

重要産業統制法

統制経済の先駆け

 

「マダムと女房」封切

日本初の本格トーキー

 

柳条湖事件

奉天郊外 石原莞爾 「世界最終戦論」

 

十月事件

陸軍青年将校クーデター未遂 桜会 橋本欣五郎 大川周明

 

犬養毅内閣組閣

立憲政友会 金解禁禁止 高橋是清 管理通貨制度

 

和辻哲郎「風土」

 

 

この年、東北を中心に農業恐慌

 

1932

リットン調査団派遣

 

 

血盟団事件

井上日召 井上準之助団琢磨暗殺(琢磨の漢字注意)

 

満州国建国を宣言

溥儀

 

五・一五事件

犬養毅暗殺 「憲政の常道

 

斎藤実内閣組閣

 

 

日本国家社会党

赤松克麿

 

安井曽太郎「金蓉」

 

1933

国際連盟臨時総会

リットン調査団勧告 日本全権団退場 松岡洋右

 

国際連盟からの脱退を勧告

 

 

F.ローズヴェルト大統領のニューディール政策

 

 

滝川事件

京都大学 滝川幸辰

 

塘沽停戦協定

 

 

佐野学・鍋山貞親、転向を声明

 

 

この年、世界恐慌以前の生活水準を回復

 

 

この年、重化学工業が繊維工業を上回る

鮎川義介日産コンツェルン 野口遵ー日窒コンツェルン

1934

日本製鉄会社

 

 

陸軍省パンフレット「国防の本義と其強化の提唱」

 

1935

天皇機関説問題

美濃部達吉 上杉慎吉

 

国体明徴声明

岡田啓介

 

相沢事件

皇道派荒木貞夫・真崎甚三郎・相沢三郎) 統制派(永田鉄山東条英機) 

 

冀東防共自治協定

華北分離工作

 

「日本浪曼派」

亀井勝一郎保田与重郎

1936

二・二六事件

北一輝(「日本改造法案大綱」) 戒厳令

 

広田弘毅内閣

軍部大臣現役武官制復活

 

「国策の基準」

 

 

日独防共協定

 

 

西安事件

長征 張学良 蔣介石

1937

宇垣一成組閣失敗

林銑十郎内閣組閣(軍財抱合)

 

近衛文麿組閣

 

 

盧溝橋事件

日中戦争

 

第2次上海事変

 

 

第2次国共合作

抗日民族統一戦線

 

企画院

翌年度より物資動員計画作成

 

国民精神総動員運動

 

 

矢内原事件

矢内原忠雄

 

日独伊防共協定

 

 

日本軍、南京占領

 

 

日本無産党活動停止

鈴木茂三郎

1938

第1次近衛声明

「国民政府を対手とせず」声明

 

人民戦線事件

大内兵衛

 

石川達三「生きてゐる兵隊」発売禁止

 

 

国家総動員

同時に電力国家管理法

 

張鼓峰事件

 

 

産業報国会

 

 

火野葦平「麦と兵隊」

 

 

第2次近衛声明

東亜新秩序

 

汪兆銘重慶を脱出

 

 

第3次近衛声明

近衛三原則(善隣友好・共同防共・経済提携)

1939

平沼騏一郎内閣組閣

枢密院議長

 

ノモンハン事件

 

 

アメリカ、日米通商航海条約破棄を通告

 

 

9月1日、ドイツがポーランドに侵攻

9月3日、第二次世界大戦はじまる 「大東亜共栄圏」建設

 

価格等統制令

「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません,勝つまでは」

 

朝鮮で創氏改名

皇民化」政策

1940

斎藤隆夫反軍演説

 

 

近衛文麿、新体制運動推進

 

 

七・七禁令

ぜいたく品の製造販売禁止

 

北部仏印進駐開始

援蔣ルート遮断

 

日独伊三国同盟

 

 

大政翼賛会

町内会 隣組

 

砂糖・マッチの切符制

 

 

この年から米の供出性

 

1941

国民学校

 

 

日ソ中立条約

松岡洋右

 

日米交渉開始

野村吉三郎 ハル国務長官

 

関東軍特種演習(関特演)

 

 

南部仏印進駐

在米資産凍結 対日石油輸出禁止 「ABCD包囲陣」 対日経済封鎖

 

帝国国策遂行要領決定

 

 

東条英機内閣組閣

内大臣木戸幸一

 

米の配給制始まる

 

 

ハル=ノート

 

 

ハワイ真珠湾を奇襲攻撃

太平洋戦争 自衛戦争 「大東亜共栄圏

1942

翼賛選挙

 

 

翼賛政治会

 

 

日本文学報国会

 

 

ミッドウェー海戦

 

 

泰麺鉄道建設

関連;三光作戦

1943

谷崎潤一郎細雪」連載禁止

 

 

ムッソリーニ失脚

イタリア、9月に降伏

 

大東亜会議

 

 

学徒出陣

 

 

カイロ宣言

 

1944

ガダルカナル島陥落

 

 

学童疎開

 

 

サイパン陥落

東条内閣総辞職 小磯国昭内閣 米内光政 本土空襲激化(サイパン島基地より)

 

女子挺身勤労令

女子挺身隊 工場 勤労動員

 

レイテ沖海戦

特攻隊

1945

ヤルタ会談

ローズヴェルトチャーチル(のちアトリー)・スターリン 千島列島譲渡 ソ連の対日参戦

 

東京大空襲

 

 

硫黄島占領される

 

 

沖縄本島上陸(沖縄戦

地上戦 

 

鈴木貫太郎内閣

 

 

ドイツ、無条件降伏

ヒトラー自殺

 

ポツダム宣言

 

8.6

広島に原爆投下

 

8.8

ソ連参戦

 

8.9

長崎に原爆投下

 

8.14

ポツダム宣言受諾

北緯38度線を境に分割統治 

8.15

玉音放送

鈴木貫太郎内閣総辞職 東久邇宮稔彦内閣組閣(一億総懺悔・国体護持)

9.2

ミズーリ号上で降伏文書調印

重光葵 梅津美治郎

 

GHQ/SCAP マッカーサー元帥 間接統治 プレス=コード

 

10

国際連合の設立

安全保障理事会 常任理事国(米・英・仏・ソ・中国)

 

人権指令

東久邇宮内閣総辞職

 

幣原喜重郎内閣組閣・五大改革

婦人参政権の付与 労働組合の結成奨励

 

憲法問題調査委員会

松本烝治

 

日本共産党

徳田球一 合法政党

11

日本社会党

 

 

日本自由党

 

 

日本進歩党

 

12

日本協同党

 

 

衆議院議員選挙法改正

女性参政権 満20歳以上

 

憲法草案要綱

高野岩三郎

 

労働組合

 

 

第一次農地改革

 

 

この年、記録的凶作

関連:闇市

1946

人間宣言

昭和天皇 元日

1

公職追放指令

鳩山一郎

2

マッカーサー草案

 

 

金融緊急措置令

インフレーションを抑えるため 効果は一時的

4

戦後初の総選挙

 

5

吉田茂内閣組閣

日本進歩党の協力

 

東京裁判

 

8

持株会社整理委員会

財閥解体

9

労働関係調整法

 

10

自作農創設特別措置法

第二次農地改革 同年12月より施行 不在地主の全貸付地 在村地主の貸付地の一定面積

11.3

日本国憲法公布

半年後(5月3日)施行 主権在民・平和主義・基本的人権の尊重 象徴天皇制 戦争放棄

1947

傾斜生産方式

有沢広巳 12月27日閣議決定 復興金融金庫

1.31

ゼネラル=ストライキ中止命令

二・一ゼネスト計画

3

教育基本法

アメリカ教育使節団

 

学校教育法

六・三・三・四の新学制

 

トルーマン=ドクトリン

6月にはマーシャル=プラン発表

4

労働基準法

 

 

地方自治法

 

 

衆参両議院議員選挙

総選挙の結果を受けて片山哲内閣成立 日本社会党

 

独占禁止法

カルテル・トラストなどが禁止

12

過度経済力集中排除法

巨大独占企業の分割

 

民法

 

 

内務省廃止

 

1948

芦田均内閣

中道連立内閣

 

昭和電工疑獄事件

 

7

教育委員会

公選

 

政令201号

官公庁労働者が争議権を失う

8

大韓民国

李承晩

9

朝鮮民主主義人民共和国

金日成

10

芦田内閣総辞職

中道連立内閣

12

GHQ、経済安定九原則の実行を指令

 

1949

法隆寺金堂壁画焼損

 

3

ドッジ=ライン発表

インフレ収束 不況(この年の下半期頃より)

4

1ドル=360円の単一為替レート設定

 

7

下山事件

人員整理を巡って労働者側に不利

 

三鷹事件

 

8

松川事件

 

8

シャウプ勧告

直接税中心主義 累進所得税

8

北大西洋条約機構NATO)結成

 

10

中華人民共和国成立

毛沢東 北京

12

中華民国政府、台湾で存続(首都台北)

蔣介石 台北

 

湯川秀樹ノーベル賞

理論物理学 中間子論

1950

文化財保護法

 

6

朝鮮戦争

北朝鮮が武力統一を目指して侵攻 北緯38度線 特需景気

7

レッドパージ

 

 

警察予備隊新設

 

 

日本労働組合総評議会(総評)

 

9

仁川上陸作戦

国連軍(アメリカ軍) 中国国境まで押し返す 中国人民義勇軍

10

この頃から公職追放解除始まる

 

 

この頃から手塚治虫活躍

 

1951.9

黒沢明羅生門ヴェネツィア映画祭でグランプリ

関連:溝口謙二 その他文化

 

日米安全保障条約

 

 

サンフランシスコ平和条約

ソ連ー出席○調印× インド・ビルマー出席× 中華人民共和国中華民国ー招待× 領土制限

10

日本社会党、左右両派に分裂

単独講和 全面講和 ダレス

1952

日米防共協定

 

 

血のメーデー事件

 

 

破壊活動防止法

公安調査庁設置

 

IMFに加盟

 

1953

テレビ放送開始

1952年試験放送

7

朝鮮戦争休戦

休戦協定調印 板門店

1954

MSA協定

 

 

第五福龍丸被曝

原水爆禁止運動

 

自衛隊発足

防衛庁 「逆コース」

1955

総選挙

社会党改憲阻止に必要な3分の1の議席を獲得

4

アジア=アフリカ会議(バンドン会議

 

5

ワルシャワ条約機構結成

 

8

原水爆禁止世界大会

 

10

社会党両派統一

 

11

自由民主党

保守合同 55年体制

 

この年より神武景気(~57)

 

1956

教育委員会

公選⇒任命制

7

経済白書「もはや戦後ではない」

 

10

日ソ共同宣言

鳩山一郎 フルシチョフ

12

日本、国連加盟

 

1957

岸信介内閣

 

1958

岩戸景気(~61)

 

1960

三池争議

 

 

日米相互協力及び安全保障条約(新安保条約)

事前協議 全学連 60年安保闘争

7

池田勇人内閣組閣

「寛容と忍耐」 「所得倍増」

1961

農業基本法

 

1962

LT貿易

高碕達之助 廖承志

1963

GATT11条国に移行

 

 

部分的核実験禁止条約

 

 

オリンピック景気(~64)

 

1964

IMF8条国に移行

OECD加盟

10

東海道新幹線開通

 

 

オリンピック東京大会

 

12

佐藤栄作内閣組閣

 

1965

米軍、北爆開始

ベトナム戦争

 

日韓基本条約

朴正熙

 

朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞

 

 

この年、白黒テレビの普及率が9割に達する

三種の神器 電気洗濯機・電気冷蔵庫に普及率は5年後におよそ9割に

1966

いざなぎ景気(~70)

貿易黒字

1967

東京都知事に革新派の美濃部亮吉

 

 

公害対策基本法

 

1968

小笠原諸島返還

 

7

核拡散防止条約

 

 

この年、GNPがアメリカに次いで2位となる

 

1970

日本万国博覧会

 

 

減反政策始まる

 

1671

沖縄返還協定

 

 

環境庁

公害対策基本法改正を受けて

 

ドル=ショック

ニクソン 金とドルの交換停止

 

スミソニアン体制

 

1972

田中角栄内閣発足

日本列島改造論

 

日中共同声明

 

1973

ベトナム和平協定

 

 

変動相場制に完全移行

 

 

江崎玲於奈ノーベル物理学賞受賞

 

 

第4次中東戦争

第1次石油危機 狂乱物価(前年以来の公共投資の増大なども因子)

 

四代公害訴訟、いずれもこの年までにすべて原告勝訴

水俣病新潟水俣病イタイイタイ病四日市ぜんそく 有機水銀カドミウム

1974

三木武夫内閣発足

「クリーン政治」

 

この年、戦後初のマイナス成長

スタグフレーション

1975

山陽新幹線

 

11

先進国首脳会議(サミット)

米・日・独・英・仏・伊

1976

 

 

12

福田赳夫内閣組閣

 

1978

日中平和友好条約

 

1979

第2次石油危機

 

 

 

 

 

貿易摩擦

 

 

円高基調

 

 

新冷戦

レーガン

 

 

 

1982

中曽根康弘内閣

行政改革 「戦後政治の総決算」

1985

ゴルバチョフ、書記長になる

ペレストロイカ グラスノスチ

 

プラザ合意

円高不況

 

 

 

 

バブル景気

 

 

 

 

1988

消費税導入決定

 

 

リクルート事件で竹下内閣総辞職

 

1989

消費税実施

大型間接税 竹下登

 

日本労働組合総連合会

 

 

マルタ会談

冷戦終結

1991

湾岸戦争

PKO 多国籍軍

 

ソ連崩壊

 

1992

PKO協力法

 

1993

非自民非共産8党派連立政権成立

細川護熙 55年体制の崩壊

1994

小選挙区比例代表並立制

 

 

自社さきがけ政権

社会党村山富市が首班の内閣